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青森地方裁判所 昭和25年(行)39号 判決 1952年3月24日

申請人 日本医療団

被申請人 青森労働基準監督署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が審査決定の結果昭和二十四年十一月二十二日原告に対してなした亡木村清作の死亡による災害補償実施の勧告を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求める旨申し立てその請求の原因として、原告は国民医療法により昭和十七年六月二十五日設立された特殊法人で全国都道各府県に支部を設置し各都道府県知事衛生部課長をその役職員に嘱託又は任命しその目的たる事業を運営推進していたけれども昭和二十二年十一月一日同年法律第二百二十八号に則り解散し目下清算中である。原告団青森県支部職員訴外木村清作は昭和二十四年八月二十二日午前八時三十分頃出勤の途中青森市大字大野字長島青森県庁内衛生部医務課に立寄り原告団青森県支部常務幹事訴外須郷良蔵(同課長)と用談後これより自転車で原告団青森県支部事務所に赴く途上前記事故発生場所附近の訴外福田慶吉の店頭に差しかかつた際同人の妻トミと自転車に乗つたまま談話を交した直後同日午前九時三十分頃同市大字浦町字野脇四十四番地先国道上において訴外日本国有鉄道青森自動車区自動車運転者小田桐盛枝の操縦する同鉄道青森発十和田湖行バス(青第三四四八号)に追突されて負傷(頭蓋底骨折)し因て同日午前十一時同市大字栄町百九十五番地積善会病院において死亡した。ところが被告は審査の上昭和二十四年十一月二十二日「被害者が県庁内医務課を訪ねた事は業務遂行のためであり且つ同人勤務の常態として常に医務課に行かねばならない故事故発生現場が自宅事務所間の通勤順路上であつたとしても業務遂行中の事故であるから原告は労働基準法により災害補償をしなければならない」旨決定しその旨原告に通知勧告した。然し乍ら木村清作の前記医務課における用談はその業務に関するものではなく仮りに業務上の用談であつたとしてもその業務は同課を退出した瞬間これが終了したものとみるべきであるから右事故は通常の出勤途上に於ける事故と何等選ぶところなく同人の職務の執行とは全然関係がない。従つて右死亡を業務上の死亡とみてなした本件審査決定は違法である。仮りに業務上の死亡であるとしても被害者たる木村清作の遺族は先ず加害者たる小田桐盛枝及びその使用者たる訴外日本国有鉄道を共同被告として民法上の損害賠償を訴求しこれによつて満足を得られないとき始めて雇傭主たる原告に対し災害補償を請求すべきに拘らず順序を違えて直に被告が原告に対し本件災害補償審査決定をなしたのは失当である。そこで原告は該審査決定に不服であるから昭和二十五年七月一日労働基準法第八十六条により青森労働者災害補償審査会に対し更に審査の請求をなしたところ、同審査会は審査の上同年七月二十日原処分庁の決定を是認維持し原告の請求を排斥する旨決定し同年八月三日その旨を原告に通知した。しかしこの決定も敍上の理由により違法不当である。よつてここに被告のなした前記審査の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、本件勧告は之を取消すにつき利益がない旨の被告の抗弁に対し原告が被告に対し請求するのは単に勧告其のものの取消でなく被告が職権を以て諸般の事実を調査の上本件災害は被災害者の依命行為中に発生したと認定した結果原告に対し被災者の遺族に補償せよと勧告するに至つた一連の行為の取消を求めているのである。右一連の行為は行政処分であるから之が取消を求める利益がある。労働基準法第百十九条第一号によれば同法第七十九条第八十条の規定に違反した者は処罰せられ前記行政処分に従はないときは刑罰を課せられることになる。即ち右行政処分は被告主張のように権利義務に効果を及ぼさないどころか刑罰をも受けなければならない結果となるのであるから訴提起の利益があると答弁した。(立証省略)

被告代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中本件事故が福田トミと自転車に乗つたまま談話を交した直後発生したこと、本件事故が被害者木村清作の業務遂行中に発生したものでない旨の主張事実は否認するがその余の事実は之を認める。

原告が本訴において取消を求めている被告のなした本件災害補償実施の勧告は災害補償に関する紛争を出来得る限り簡易迅速に解決するために認められた行政庁の勧告的性質を有する処分で国民の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではない。原告はこれによつて災害補償をなすべき法的拘束を受けるものではないからこれが取消を求める必要も利益もない。よつて本訴請求は失当であるから棄却さるべきものである。仮りに右主張が許されないとしても木村清作の死亡は労働基準法に所謂業務上の死亡である。即ち、原告団青森県支部事務所は青森県東津軽郡筒井村大字浦町字奥野中央病院内にあり木村清作が死亡した当時該支部の役員たる副支部長訴外倉持恭一(青森県衛生部長)支部常務幹事須郷良蔵(右衛生部医務課長)は共に青森県庁内に勤務し、右支部事務所に勤務していた職員は支部副参事木村清作及び支部書記訴外千田唯一の二名に過ぎず、右職員は上司たる右役員の指示の下に職務を遂行しなければならない関係上木村清作は屡々右役員の勤務先たる青森県庁に出向いていた。そして偶々該県庁は同人の住居と前記原告団支部事務所との中間に所在したため木村清作はその職務の遂行上県庁に立寄つてから事務所に至り或は県庁に立寄つてしかる後帰宅するのを例としていた。かかる事情のある場合出勤の際県庁に立寄つたとき即ちその当日の業務を開始した時刻とみるべきところ、同人はその死亡の前日である昭和二十四年八月二十一日須郷良蔵から電話を以て原告団の用務のため翌二十二日朝青森県庁内衛生部医務課に出向するよう命令を受けこれに従い同日午前八時三十分頃同課に出向き同人の指示を受け然る後これより前記支部事務所に赴く途上同日午前九時三十分頃前記交通事故により死亡するに至つたものであるから該死亡はまさに業務上の死亡であるというべきである。又かかる場合小田桐盛枝及びその使用者日本国有鉄道が民法上不法行為に基ずく損害賠償の義務を負うとしてもこれを以て原告が労働基準法に基ずく災害補償の責任を免脱する事由とはならない。両者は併存し得べきもので災害補償権利者が災害補償の請求をなすために爾前に損害賠償の請求をしなければならないという関係にあるものではない。又損害賠償により満足を得られない部分につき始めて災害補償の請求ができるという関係にあるものでもないが仮りにそうだとしても小田桐盛枝及び日本国有鉄道は被告が原告に対し本件審査決定をなした当時労働基準法第七十九条に規定する遺族補償権利者に対し同条所定の金額相当の損害賠償をなしていないから原告は未だすべての災害補償義務の免除を受けていたものであるということはできない。よつて何れの点から考えても被告の原告に対してなした本件審査決定に違法不当のかどは存しないと述べた。(立証省略)

理由

按ずるに原告の本訴請求は、被告が原告団青森県支部職員木村清作の交通事故による死亡を業務上の死亡と認めて労働基準法に基ずき原告に対してなした災害補償審査決定並びに之に対する原告の不服の申立に対する青森労働者災害審査会の審査を違法とし、被告のなした審査の取消を求めると謂うのであるが、この審査決定は災害補償に関する紛争を早急に解決するため民事訴訟提起前監督機関たる労働基準監督署長労働者災害補償審査会のなす勧告的処分に過ぎず単に民事訴訟を提起する前提要件とはなるが紛争を法的拘束力を以て解決する力はなく何等国民の権利義務に直接具体的に効果を及ぼすものではない。

尤も原告主張のように労働基準法第百十九条第一号によれば使用者が同法第七十九条第八十条に定める災害補償又は葬祭料の支払の義務を怠るときは処罰せられることは明かであるがその支払義務があるかどうかは客観的事実により結局は裁判所の認定によるべきであり従つて仮令労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査が間違つて居て使用者に災害補償の義務がないのに之あるものと認定してその支払を勧告したとしても使用者がその審査に従はないことの一事を以て直ちに処罰せられることはないものと謂うべきである。労働基準法第八十五条第八十六条の審査は飽くまでも勧告的な性質しかないものであり災害補償をなすべき法律上の義務を負担させる法的効果を持つものでないからいわゆる抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないと解するのが相当である。

よつて本訴請求は爾余の判断をまつまでもなく失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 小友末知 野原文吉)

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